2017/05/08

【WSAVA VGG 委員長 独占インタビュー】抗体検査で日本のワクチネーションはどう変わるのか?

犬と猫への適切なワクチネーションの実現を目的として作られた、WSAVAワクチネーションガイドライン。
 
2017年3月には、最新版ガイドラインの日本語訳が公開となり、その中で抗体検査の重要性が示されました。
 
犬や猫の体にやさしい、エビデンスに基づいたワクチネーションを日本でも実施していくために。

今回は、WSAVAワクチネーションガイドライングループ(VGG)で委員長を務めておられる、ブリストル大学獣医病理学教授のM. J. Day先生に「新たなガイドラインの変更点と、日本での抗体検査の運用」についてお話を伺いました。

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Professor Michael J. Day
(BSc, BVMS[Hons], PhD, DSc, DiplECVP, FASM, FRCPath, FRCVS, Professor of Veterinary Pathology University of Bristol)
 
【M. J. Day先生のプロフィール】
1982年、マードック大学にて獣医師免許を取得。小動物臨床を経た後、同大学にて微生物学および免疫学のレジデントを修了し、ロイヤル・パース病院との共同研究を行う。ブリストル大学およびオックスフォード大学で実験免疫学の博士号を取得。現在はブリストル大学獣医学部で教授を務める。

【WSAVA犬と猫のワクチネーションガイドラインとは】
犬・猫に対して、各国における経済的・社会的背景の違いを考慮した上で、適切なワクチネーションを実現するべく定められた、国際的なガイドライン。
2007年に初版が発行されて以降、改定を重ね、2015年に最新のエビデンスに基づいた新版を発表。日本語版は、2017年3月に公開された。


2015年に発表された新たなワクチネーションガイドラインは、これまでとどのような点が違うのでしょうか。
よりエビデンスベースドな推奨を実現している
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いくつかの変更ポイントがありますが、大きな点としては、「推奨内容がよりエビデンスベースドになっている」ということです。小動物のワクチン接種に4段階の独自の分類を生み出しました。
 
例えば「1番は査読付き科学雑誌に掲載された実験またはフィールドデータによって裏付けられた推奨」、「4番は実験的データまたはフィールドデータによって裏付けられていないが、微生物学および免疫学の『第一原理』の知見から推測される、または広く信じられている専門家の意見によって支持される推奨」というようなかたちです。
 
各推奨にはできる限り注釈を入れたので、参考文献はものすごい量になりました。
 
また2015年度版では、2010年度版の発表以降に普及してきた、迅速で簡易なキットも出ている抗体検査の実施を、これまでより強く推奨しています。


抗体検査はどのように取り入れ、運用していくべきなのでしょうか。
「抗体陽転の確認」「抗体保有の確認」「シェルターでの感染症の流行管理」などに活用を
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ワクチネーションガイドラインでは、次の3場面での使用を支持するとしています。

・抗体陽転の確認
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これは特に子犬・子猫の初年度コアワクチン接種についてですね。
 
2010年度版ではコアワクチンは子犬・子猫ともに「8~9週齢で1回目の接種を行い、その3~4週間後に2回目の接種、14~16週齢に3回目の接種、そしてブースターは12カ月齢に打つ」とありましたが、新たなガイドラインでは、「6~8週齢で1回目の接種を行い、その後16週齢またはそれ以降まで2~4週間隔で接種、そしてブースターを26週齢または52週齢で打つ」ことを推奨しています。
 
そして犬の場合、この26週齢または52週齢でのブースターは、子犬・子猫期のワクチン接種に万が一反応しなかった個体に免疫を賦与する目的がありますので、その前に抗体検査を行って陽性と確認できれば、接種の必要がないとなっています。例えば、8週・12週・16週齢でコアワクチンを3回打ち、20週齢まで1カ月待って、そして抗体検査を行う。ここで陽性が確認できれば、子犬が守られているということが分かるので26週齢でのブースターは必要なくなり、そのまま3年毎よりも頻回に接種しないという成犬のプログラムに移行できます。
 
ただし猫は、汎白血球減少症では同じことが言えるのですが、カリシとヘルペスは当てはまりません。さらに日本で問題となるのは、3種混合ワクチンしかないことです。アメリカやヨーロッパではカリシとヘルペスだけの2種のワクチンがあるので、3種を16週齢に打って、20週齢に検査して汎白血球減少症が陽性だったら、26週齢でカリシとヘルペスのワクチンだけを打つということもできるのですが…。今後の変化に期待したいですね。


・抗体保有の確認
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成犬はコアワクチンに対する抗体検査結果が陽性であることが確認できれば、抗体陽性は防御効果との相関性があるため、ワクチンを接種しなくて済みます。これは不必要なワクチンを接種しなくても済むという点で、動物の体の負担を軽減するためのより良い獣医療です。
 
また、免疫介在性溶血性貧血や免疫介在性血小板減少症など免疫介在性疾患の疑いがある犬や猫に対しては、ワクチンは発病のトリガーの一因になってしまう可能性があります。成犬や成猫が免疫介在性疾患から回復した場合は、抗体検査によって防御効果を確認することで、コアワクチンの接種を回避し病気の再発リスクを低減させることができます。
 
猫に関しては、ワクチネーションは猫の生活スタイル(低リスク・高リスク)を考える必要があります。低リスクとされるのは完全な1頭飼いかつ100%室内飼いの猫、高リスクというのは多頭飼いや家の外に出る猫ですね。病気にかかるリスクが異なるためです。
 
ただ抗体陽転の項で述べた通り、抗体検査は汎白血球減少症では有効ですが、カリシとヘルペスには抗体価と感染防御効果の相関が強固ではないこと、また日本にはカリシ・ヘルペスの2種のワクチン商品がないこともあり、日本では抗体検査を十分に活用することが残念ながら現在はできない状態ですので、将来の進展に期待しています。


・シェルターでの感染症の流行管理
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シェルターでアデノやパルボ、ジステンパーが発生してしまった場合、これまでは新しい動物を受け入れる前に施設を清浄化する目的で獣医師が動物を全頭処分することも選択肢にありました。
 
しかし現在は、ジステンパー、犬パルボウイルス、猫の汎白血球減少症が発生してしまっても、まず施設内の全頭に対して抗体検査を行うことができます。陽性であれば病気にかからないので別の場所に隔離しておき、陰性で症状が出ていないものであれば病気にかかる可能性があるか潜伏期間であることが疑われるので、ワクチン接種をして免疫がつくまで(抗体陽性になるまで)待ってから合流させるようにします。このように活用すれば、全頭処分は行わずに済み、不幸な事態を防ぐことができます。


日本ではドッグランなどでワクチン接種証明書の提出が求められますが、海外では抗体検査を受け入れる体制が整っているのですか。
少しずつだが、確実に前進している
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ちょうど今、過渡期ですね。昔は「なにそれ?」「ダメだ!」という意見もありましたし、今もあるにはあるのですが、少しずつ変わってきています。
 
例えば、デンマークでは国全体で、ワクチン接種証明書だけでなくコアワクチンに対する血清学検査の証明書でもOKとなっています。またイギリスでも抗体検査がだんだんメジャーになってきました。イギリスで最も大きな企業病院グループでは、院内で行える抗体検査キットをもう5年使っていて、最近完了した大規模な研究ではイギリスの犬で防御効果が高いことが証明されています。
 
最近では飼い主の方が「やってほしい」と希望を伝えることが増え、企業病院以外でも取り入れられることが増えてきました。WSAVAのワクチネーションガイドラインなどがネット上に公開され、簡単に読めるようになっていることが大きいように思います。


今後のWSAVAワクチネーションガイドライングループの取り組みについて教えてください。
それぞれの国にあったやり方を探り、さらに実用的なガイドラインの作成・浸透を目指す
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WSAVAには86カ国が加盟していますが、私たちが発表しているガイドラインは86カ国に向けて「これが唯一のやり方だから、こうしなさい」と指示しているものではありません。
 
東京の六本木のマンションにいる動物と、インドの山の中で暮らしている動物は、絶対に同じガイドラインにはあてはまらないですよね。ガイドラインは、各国に、そしてさらにその中の地域ごとに合わせて、変えていく必要があるものなんです。
 
北米や西欧、オーストラリア、ニュージーランド、あと一部のアジア諸国にはだいぶガイドラインが浸透してきているのですが、アフリカや中南米、東欧、ロシアなど、世界を考えるとまだまだ浸透には時間がかかるなと思っています。ある程度浸透しても、新しい情報というのは次々出てきますから、それを織り込んだ内容に改定していく必要もありますね。
 
今は中南米プロジェクトを去年から実施しているのですが、こちらを2019年に終え、その後世界向けのガイドラインを2020年中に改定する予定です。多くの仕事量をこなさなければなりませんが、これらの取り組みによって世界の獣医療の水準に大きな変革をもたらすことができますので、頑張りたいですね。

※WSAVAワクチネーションガイドライン2015 日本語版はこちら
※日本でも院内で抗体検査を! 犬用ワクチチェックについてはこちら
※WSAVA掲載予定の本記事PDFはこちら

ライター紹介

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山口 杏

ブライダル業界・インフラ業界・そして前職ではペットフード業界と、さまざまな業界を渡り歩く編集者。「情報を制する者が、マーケットを制す!」という思いから、Vet Lifeを通じ、飼い主さんのニーズや獣医療業界の最前線情報を届ける、お役立ちライターに成長したいと考えている。趣味は動物ブログを読むこと。好きな犬は柴犬、猫は茶トラ。

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